鳥観
 (お侍 拍手お礼の七)

       *“お母さんと一緒”シリーズ。(笑)
 


樹齢何百年であろうか、もはや見当もつかないほどの、
つくづくと頼もしい太さをした真っ直ぐな幹が幾本も居並んで。
その威容と緑の香とで、随分な奥行きを埋めている様は、
ともすればちょっとした迷路を思わせる。
案外と夏場の方が、陽光の強さとの拮抗が出ての木下闇、
鬱蒼と暗いのかも知れぬ、此処は鎮守の森の中。

  “この種の常緑樹はもっと北の産であるはずだが…。”

冬場は雪に覆われるとも聞いたので、
そんな気候に誘われて、
何百年もかけてじりじりと南下して来たものであるのかも。

  “それから更にの数百年、ですか。”

まこと、自然の有り様は泰然としていて、おおらかなこと。
それに引き換え、いやいや寿命が短いからこそのことなのか。
人間たちは何てまあ、せせこましい生き急ぎをするものか。
同じように働いて、同じようなものを食べて、
それでお互い過不足なしだと、どうして満足出来ぬのか。
意志疎通の適う同じ種族だってのに、どうして仲良く生きられないものか。
前へ前への原動力は、向上心と競争心。
生きてる証しが欲しくって、何かをその手へ握り込みたくて。
じっとなんかしてらんなくて、我先にと駆け出したくなる。
それもまた、より良き種を残すための自然の摂理なのだよと、
いつだったか士官学校の教養講座で習ったかなぁなんて、
それこそこんな状況下だってのに、いかにも呑気なことを思い出しつつ。
足元をまだらに照らす木洩れ陽を縫いながら、
静かな空間を踏み分けてゆけば。

  “お…。”

森に棲む“木霊
(こだま)”というのはこういうものかと、
ついつい錯覚してしまうよな。
そんな光景が眸の前へと訪れる。
緑の中に金と白と紅、こうまでの鮮やかな彩りをまとっていても、
森の精気に素直に染まり、
あまりに気配のないままに、見過ごすやも知れぬ存在があって。
醒めている身で、ひとたび戦意が立ち起きれば、
あれほどまでに…彼そのものが冷ややかで鋭利な刃であるかのように。
心得のある自分たちには到底油断のならぬ種の、
怖くて尖った気配を孕んでもいるものが。
今の今だけは、それは静かにそれは清かに。
森の空気に馴染んで澄んで、何とも透明なものとしてそこにある。

  “これもまた、消気ってやつなんでしょか。”

何処から運ばれたものなのか、
枯れ葉が埋める、大きな樹の根元に蹲るようにして。
若い侍が一人、片膝をゆるく立てての座位で仮眠をとっている。
紅の長衣は、上半身の部分がその痩躯に張りつくような仕立てであるがため、
腕や肩、上背、それと膝あたりから蹴りはだけたられた長い脚の、
さして太くはないことを露にするも。
その伸びやかな肢体がいかに強靭であることか、我らは重々知っており。
特殊な形の双刀を負ったまま、心持ちその背中を丸めて。
燦々とした陽があるでもない中に、
褪めた色合いを滲ませた金髪頭を心持ち垂れている。
「………。」
いかにも熟睡中ですと言わんばかり、
さくさくと歩み寄っても、ひくりとさえ動かぬものの、

  「………起きておいでなんでしょ?」

だのに こちらをからかっているものならばと、軽い声音で応じて見せれば、
「…。」
その薄い口許が、かすかな…本当にかすかな微笑でほころんでから、
細い顎を上げると同時、音もなく開く目許に宿るは紅珠の双眸。
端正にして鋭角な面差しも、今はまだ。
浮かべる表情一つで、妖冶にも風雅にも自在にほどける、
若さゆえの和らぎに満ちていて。
それへとこちらも、
澄み渡った青い双眸を細めつつ、にっこり微笑って差し上げて。
「お弁当ですよ?」
持って来ていた握り飯の包みを胸元までへと提げて示し、だが、
「…?」
手渡しはしないまま、使者ご本人が今少し歩みを進めて来て。
「??」
キョトンとする青年の視線がどんどん上がって、
とうとう のけ反るほどの見上げよう。
そんなして見遣るほどものすぐ真横にまで到達すると、
先にいた彼と同じように大樹に背中をもたせ掛け、
身軽にひょいと腰掛けてしまわれて。
「???」
警戒とまではいかぬが、それでも、
何だなんだ何事だろかと、こちらから視線を外せないままなお仲間へ、
やはりにっこりと、深みのある微笑を向けた槍使い殿。

  「お独りで食べるのは味気無いでしょう?」

何とも短い一言ながら、
それが意味することもまた、何とも判りやすかったので。

  「…。////////




          ◇


「おおう、あのキュウゾウ殿が赤くなったですね。
 一体何を言われたんでしょうか。」

声までは聞こえぬ、森の下手。
林道を通りすがりの一般人(仮名;H・Hさん)が、
顔の向きはそのままに、お連れ(仮名;G・Kさん)さんへと囁きかける。

「ヘイさん、立ち聞きは行儀が悪いぞ?」
「そうは仰せですが、ゴロさんだとて足がお止まりではありませぬか。」
「某
(それがし)はヘイさんに釣られただけだ。」

まま、こんなに距離があるのです、
現に何を話してるかなんて聞こえませんから“盗み聞き”にはなりませぬ。
そうは言うがの、キュウゾウ殿を舐めてはいかん。
はい?
高機能双眼鏡で遠方から眺めていたこちらの気配に気づいた御仁ぞ?
おお、それは物凄い千里眼ですねぇ。
千里眼…なのであろうか。(ちょっと違うと思います。)

「ですが、それって、
 平常心の上へ立つ、集中警戒が発揮されてこその注意力でしょう?」
「いかにも。」
「今のキュウゾウ殿にそれを求めるのは無理な相談かもですよ?」

同じような明るい色合いの髪と肌をした、ちょっぴり年嵩なお兄さんが、
すぐお隣りへ足を延ばして座したそのまま、何事か話しかけて来やるのへ。
遠いから少々判りにくいが…視線を合わせぬは、
あの彼にはらしくもなく、思い切り 含羞
(はにか)んでのことと。
わざわざ眺めて確かめずとも、既
(とう)にご承知の傍観者らでもあって、

「あ、飯に噎
(む)せた。閊(つ)っかえたかな?」
「おやおや。」

視線を合わせない時点でもう特別扱い、
といいますか、まずは ああまで無造作に隣りになんて座れませんて。
そうさの、我らが相手ではああはいかぬ。
もちょっと泰然としてましょうし、
その視線を外さぬままに威嚇され続けるから、
近寄るのは対座対面が限度ですのに。

「カンベエ殿を相手に“ふふん”なんて鼻先で嘲笑いさえするお人だってのに、
 シチさんが相手だと、たちまちアレですものねぇ♪」

クスクスと笑うヘイハチが、
「こういうのを“三竦
(すく)み”というのでしょう?」
楽しそうに訊いたのへ、
「さあ、ちょっと違うような気もするが…。」
小首を傾げたゴロベエ殿だったりし。
まだまだ平和な神無村では、
お侍様がたも余程のこと、
暇を持て余しておいでなようでございます。
(おいおい)




  *こんな“バードウォッチング”なら、私も参加したいなぁvv


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